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2009年04月14日

●哲学者・鶴見俊輔の足跡

鶴見俊輔のインタビュー番組を見ました。

1922年生まれの哲学者の生い立ちから、現在までの生きてきた道を日本の社会との関わりの中で語った番組でした。1時間30分という時間でしたが、その内容は濃く、鶴見と関わった人々との別れを綴った「悼詞」という本から、始まり、どのような人生を歩んできたかが理解できるものでした。母親の頑なまでの潔癖性と父親の偽善性を感じた鶴見少年は中学生までに、5回の自殺未遂を繰り返し、学校を放校処分になり、アメリカへ行かされ、ハーバード大学へ入学します。それからは日本での不良生活はできないので、とにかく英語習得に必死に取り組み、優秀な成績を上げてましたが、太平洋戦争勃発で、日本に帰国するか、アメリカにとどまるかの選択を迫られ、敗戦を見届けるべく、日本への帰国を選びました。その間米国では、生涯の師ともいうべき都留重人との出会いがあり、大きな影響を受けたと語ってました。ハーバードでの講義で印象にのこったのは数学者のホワイトヘッドの言葉でした。それが鶴見の生涯の学問の意味づけをなすものでした。後年の安保問題での政党・労組の枠外での市民運動への参加、60年代半ばからのヴェトナム戦争反対の市民運動べ平連の活動など、べ平連での活動では作家・小田実との出会いも大きなものでした。その他京大助教授時代のフランス文学の桑原武夫教授との接点も鶴見の人生で影響のあった人でした。中国文学者の竹内好の戦中からぶれない姿勢に学べること、小林トミという伴侶についても感謝の言葉を述べてました。それから鶴見の生き方に最も影響を与えた姉の鶴見和子への賛辞も述べていました。戦後すぐに創刊した「思想の科学」を生んだバックグラウンドについても、話してました。稀有な行動する哲学者・鶴見俊輔という人物を知る上で極めて興味深いインタビューでした。鶴見に著作「期待と回想」(朝日文庫)、聞き書き「日米交換船」(新潮社)と併せて読み、このドキュメントを見ると、鶴見俊輔という人物の大きさがわかります。

期待と回想 語りおろし伝 (朝日文庫 つ 12-1) 期待と回想 語りおろし伝 (朝日文庫 つ 12-1)
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