●「小一プロブレム」はあって当たり前ではないですか?
一時期、「小一プロブレム」を念頭に置いた「幼小連携」の取り組みが、某国立幼稚園で盛んに行われていました。最近覗いてみると、「幼小連携」の取り組みは過去のものとなり、今は「子育て支援」の取り組みを行っていました。 背景には、先進的取り組みを行うことで、文科省の予算がつく、つかないの思惑があるようですが…。
ただ、「小一プロブレム」の問題は決して解消されたわけではないことは確かなようです。
『教室で騒ぐ「小1問題」防げ』(日経/1・26)
小学校に入ったばかりの一年生が教室で騒いだり、歩き回ったりして学校生活になじめない「小一プロブレム」。問題解決に向けた幼稚園と小学校の連携による取り組みが動き出した。園児と児童の交流のほか、職員同士の人事交流などさまざま。連携が難しい地域では小学校の先生のサポート役を派遣するなど、地域あげての対策を続けている。
以下は私の体験から。
職員同士の交流を行なうとき、幼稚園の先生と小学校の先生の子どもの育ち・学びに対する視点が大きくずれていることが分かります。
幼稚園教育は子どもの個々の発達段階に沿って、子どもの自発性を尊重し、遊びのなかで様々な体験をすること通して学ぶとあります。また、自由保育の重要性がその勢いを盛り返している今日、子どもたちは主体の生活リズムが尊重されることとなります。
一方、小学校教育は教科学習の始まりです。子どもたちは教科を体系的に学習していくことが求められます。生活リズムも時間割によって固定化されています。
このように、大きな違いがあるのだから、「小一プロブレム」が起きるのはある意味当然といえるのかもしれません。先生方はその違いを認め尊重しあうことが求められると思うのですが、現実はなかなかそうはいかないようです。
また子どもたちの交流にもなかなかメリットを見出しがたいことがわかります。交流にはしばしば「お兄さん・お姉さんと弟・妹」の関係が生まれることをメリットとしてあげられますが、実際にはなかなか上手くいきません。理由は幼稚園年長さんと小学校1年生ではその育ちにおいてそれほど差があるわけではありません。だからそのようなメリットが出難いのも当然ではないでしょうか?
結論としては、「小一問題」をなくすためには、幼稚園、小学校が互いにある程度歩み寄った「グレーゾーン」を持って、子どもたちの戸惑いや不安を上手に受け止め、解消することが求められそうです。そのときには、一年生の子どもが小学校の生活に馴染めないことを「小一問題」という言葉で捉えるのではなく、「当たり前」のこととして受け止めるゆとりを先生方には持ってほしいと思います。
大人がこうと思う「型」にいれることが教育ではなかったはずです。子ども自身が持つ能力を引き出し伸ばしてやることこそが教育ではなかったでしょうか。
【保育と幼児教育版.07年.5号.44頁に記事掲載】




